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コラム「投票価値の平等と10増10減」

いま衆議院選挙小選挙区の区割り見直しが進んでいます。具体的な区割りは、学識経験者ら7人で構成される「衆議院議員選挙区画定審議会」という内閣府の審議会が改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し、これが国会に報告され(衆議院議員選挙区画定審議会設置法2条、5条、6条)、最終的には国会において公職選挙法の改正という形で議論されるという枠組みになっています。

 

審議会による改定案作成は、国勢調査の結果に基づいて行われることとなっており、①選挙区内の人口を比較したとき最多の選挙区人口が最少の選挙区人口の2倍以上とならないこと、②各都道府県内の選挙区の数はいわゆるアダムズ方式で計算して定めること、というルールのもとに行われることが法律で規定されています(同法3条1項2項、4条1項)。

 

今回の見直しは、2020年の国勢調査の結果に基づくもので、アダムズ方式で計算をすると、各都道府県内の選挙区の数は、10県で1ずつ減り、代わりに都市部の5都県で合計10増えることとなります。これが「10増10減」です。広島県も、選挙区が減る10県のうちの一つで、選挙区の数が7から6に減ることとなります。

 

上記①の2倍ルール、②のアダムズ方式が採用されている理由は、いわゆる「一票の格差」の是正のためです。一票の格差については、古くから訴訟で争われており、最高裁判所は、選挙無効という判断までは下さないものの、違憲または違憲状態という判決を何度も出しています。衆議院選挙の一票の格差に関する主な最高裁判例は以下のとおりとなります。

・1972年選挙 格差4.99倍 違憲 最高裁昭和51年4月14日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=53234

・1980年選挙 格差3.94倍 違憲状態 最高裁昭和58年11月7日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=74567

・1983年選挙 格差4.40倍 違憲 最高裁昭和60年7月17日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52712

・1986年選挙 格差2.92倍 合憲 最高裁昭和63年10月21日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52216

・1990年選挙 格差3.18倍 違憲状態 最高裁平成5年1月20日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=73141

・1993年選挙 格差2.82倍 合憲 最高裁平成7年6月8日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57069

・1996年選挙 格差2.31倍 合憲 最高裁平成11年11月10日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52271

・2000年選挙 格差2.47倍 合憲 最高裁平成13年12月18日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52336

・2005年選挙 格差2.17倍 合憲 最高裁平成19年6月13日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=34801

・2009年選挙 格差2.30倍 違憲状態 最高裁平成23年3月23日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81353

・2012年選挙 格差2.43倍 違憲状態 最高裁平成25年11月20日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=83744

・2014年選挙 格差2.13倍 違憲状態 最高裁平成27年11月25日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85494

・2017年選挙 格差1.98倍 合憲 最高裁平成30年12月19日大法廷判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=88201

 

最高裁は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」という憲法14条1項の規定が、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、投票の有する影響力の平等すなわち投票価値の平等も要求していると解釈し、議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準として、それぞれの選挙の具体的状況に応じて合憲・違憲の判断をしています。

国民を代表する国会議員の大多数が賛成したとしても憲法に違反することはできません。憲法14条1項の平等原則に反しないよう、選挙区を定めることが国会には求められているわけです。

 

各都道府県内の選挙区の数については、2009年の選挙で最高裁が、1人別枠方式(各都道府県にあらかじめ1ずつ割り当てる方式)の廃止を求めたことをきっかけに、国会は、2016年の法改正によって、一票の格差是正にもっとも有効な方法としてアダムズ方式を採用したという経緯があります。

そして、法改正後初めての国勢調査となった2020年の国勢調査に基づき、アダムズ方式による初めての全面見直しが行われようとしているのが現在です。2020年の国勢調査(確定値)のデータに基づけば、人口最少の鳥取2区と人口最多の東京22区では格差が2.096倍、鳥取2区との格差が2倍以上となる選挙区は23選挙区となり、格差是正のための見直しが迫られています。

 

報道によれば、「地方の声が届かなくなる」と10増10減を疑問視するような声が、一部の国会議員、首長、地方議員から挙がっているようです。選挙制度はとかく政治問題化しやすく、区割りを巡ってはさまざまな議論があり得るところですが、どのような場合であっても、国会議員は全国民の代表であり、すべての国民は法の下に平等であるという憲法の大原則を忘れてはならないと思います。

 

弁護士 尾山慎太郎

2022年3月31日執筆